油断するなここは戦場だ

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重粒子線治療と医療保険

今朝ある保険会社のテレビ広告が目につきました。売りは「先進医療」で、保険の効かない高額の治療に使える保険という内容で、「先進医療」の例としてとして重粒子線治療があがっていました。

重粒子線治療はガンマナイフとかと同じ放射線治療の仲間ですが、炭素などをビームにしたものを使います。重たくて電荷をもった粒子を(高エネルギー実験的には)低速で体にうちこみます。粒子は体の中を減速しながら通り抜けて、ガンの病巣に止まるようにエネルギーが調整されています。体の表面ではたいした反応がおこらないので、あたる場所をコントロールできるので、副作用が少ないという観点から注目されています。大変高額な装置(10億円程度)必要で治療をうけた場合の負担は300万程度のようです。現段階では保険がききません。

この治療で特に期待されているのは体の深いところで手術が難しいガンたとえば、目の奥や脳の下の方といった部分の手術です。通常の方法だ患部にアクセスしようとするとできない部分にビームを打ち込むわけです。

一方で、あらゆるガンに適用して、費用に見合った効果をあげることができる治療法ではありません。粒子を打ち込む治療はガンのサイズが小さい初期の段階であることが重要です。すでにあちこち転移がある場合は、みえている病巣をたたいても、それ以外に小さい病巣が多数あるため、全体的な効果が期待できません。(注: QOL の為に使う場合もあるそうです。)また胃や腸など「動く臓器」でも使えないのです。

医療機関のホームページをみるかぎり、これらのことはきちんと説明されているように思います。しかし、個人レベルではいろいろな事があるようで、たとえば、このサイトのトップのところ(このサイト自体は良い内容だと思います。) で,ある医療関係者の方がいったという「末期でも10人中8人治る」といったものでは全くありません。

医療保険のテレビ広告として、ガンを心配する人たちに、何を語ればいいか、ということは、少し落ち着いて考えるべき問題です。「先進医療」というのはかっこいい表現ですし、実際の治療効果もあるでしょう。しかし、それが使える状況は、一般的なガンの手術や化学療法と違って、かなりピンポイントです。つまりガンにかかる費用の中で、どれを重視するか、という判断は、保険を契約する人が、医療情報をしった上でするべきものだと思います。「高い費用をかければ治るような期待を煽って」高い保険契約に誘導することや「重粒子線治療の効果を過大にいう人」が合体して、何かおかしなことにならないでしょうか?同じお金を保険のどの項目に使うべきか、きちんと説明されているでしょうか?

素粒子研究にも使われる加速器という装置が、「健康」に役立つという、私のように加速器科学の研究施設で研究する人間にとっては大変うれしいことです。国の成長戦略の中に組み込まれる可能性もあるでしょう。保険がリスクテイクの一環として先進医療をカバーしてくれることは、利用者をふやし、コストを下げることに貢献するかもしれません。それだけに、単に「保険商品」としてではなく、正しい知識がひろまることを願います。重粒子線治療については、手術が技術的に難しい部位については、大変有効な治療であると思うので、感心のある方はぜひ勉強されてみるといいと思います。例えばここには治療原理や適用部位についての情報があります。
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by mihoko_nojiri | 2010-11-25 00:02 | 物理

マイナス水素イオン(によるまぬけ時空)発生装置について(解説 version)

間抜け時空だけでクリックだの☆だのいただいたんだじゃないかと恐縮している 同題のtogetter 纏めについて解説する。

そもそもの発端である、マイナス水素水だの固体マイナス水素等のサプリメント類については、私は専門ではないのでそれぞれの事例について立ち入ることはさける。しかし、科学で営業させてもらっている以上、いくつかコメントする義務はあるだろう。

われわれの体を構成する細胞は、様々な生体システムによって、注意深く外界とわけられている。生体活動を担うのは、生体でおこる化学反応を触媒する酵素という分子である。触媒は反応を促進するがそれ自体は変わらないので、ごく少量あるだけで大きな効果を生体活動に及ぼすことができる。有効な医薬品のほとんどは、この酵素の作用を妨害するなどの方法で効果を生み出すものである。

水素と体内にある活性酸素との関係についての基礎研究に着目して、効果をうたう健康食品があるが、口からどのような形で(活性)水素を取り込んでも、消化吸収の過程で元々の性質は失われてしまうと考えるのが妥当である。体内には活性酸素に対してはそれを無効化する酵素が存在しており、外部の物質によって中和されなくても消失する。また(活性)水素は触媒ではないので、かりにこれによって活性酸素を無効化するのであれば、それと同量の活性水素を体の隅々に常に届ける必要があるだろう。

このことから容易に想像できるように、細胞レベル、分子レベルの研究成果を、日常の飲食物と結びつけるのは無理がある。また、特定の効能をうたって食品の販売をすることは、法律で制限されている。公正取引委員会は、ある機能を主張する製品にたいして、それを証明する資料を要求する権利を有しており、水素水等は過去に排除命令をだされた例がある。新聞等において「。。。に効能があるとされる。。。」と企業発表を引用するものがあるが、この点を考慮した表現を期待したい。

ところで、陽子加速器が最初に加速するのもマイナス水素らしい、(となんの脈絡もなく話が飛ぶのがtwitter のいいところだ。)

水素は陽子一つでできており、その周りを一つ電子がまわると荷電中性になる。これにさらに一つ電子が付け加わると、電荷がマイナスのマイナス水素イオンができる。陽子加速器では最初にこのマイナス水素の発生させる。マイナス水素は電場によって発生装置から取り出され、線形加速器で数百MeV まで加速されながら、蓄積リングと呼ばれる円形のリングに向かって運ばれる。マイナス水素は磁石で曲げられてすでに陽子が回っているリングに導入され、さらに薄い物質を通過する際に電子が総てはぎとられて、陽子になる。マイナス水素から始めるのが都合がいいのは、陽子と水素で磁場に対して曲がる角度が逆なので、一つの2重極磁石で両者の距離を狭くできるというところにあるらしい。(togetter の nobutoge さんの図参照)

マイナス水素を発生させるのは容易である。このことを理解するのには量子力学の知識が必要だ。原子核周りの電子の軌道は量子力学で決まっており、内側から 1s, 2s, 2p...の順番に軌道が詰まっていく。 s 軌道にはいる電子数は2で、 p軌道に 入る電子数は6である。原子番号2のヘリウムは 1s 軌道が、原子番号10 のネオンは 1s, 2s, 2p の電子軌道がすべて埋まっているために、特に安定である。

この安定性をみるのに都合がいいのが、イオン化エネルギーの図である。。

イオン化エネルギーとは、電子を一個はぎとるのに必要なエネルギーのことである。この図ではヘリウム(He) やネオン(Ne)は格段にイオン化エネルギーが高い、つまり閉殻を構成する電子の安定性が高いことがわかる。一方で、He, Ne より一つ原子番号の大きい原子のイオン化エネルギーは小さい。これは、外側の軌道にある電子がちょっとした外界の変動に影響されやすいことを意味している。電子軌道は座席であり、その座席をすべて埋めてくれる人がくるのを待っている。あるいは、あまりに座席が余っていると、そこに座ってる人はいごごちが悪く、できればたくさんの人が座っている場所に席替えしたいと思っている。もちろん、席をかわるためには、よそからお誘いをうけることが必要だ。塩( Na Cl ) が水の中で Na+ と Cl- に分離するのは、みなさんも知っているだろう。これは、(極性をもつ)水分子が多数ある環境のなかでは、電子がNa を離れるのがより安定な状態であるということを意味している。

加速器のマイナス水素発生装置は、金属のセシウム( Cs) を、水素ガスをプラズマにしたものと共存させることで作られる。 Cs は閉殻を作るキセノン(Xe) より一つ原子番号が大きく、もっともイオン化エネルギーが小さい金属である。Cs はプラズマ中で電子を放出し、水素は電子を2つもらって閉殻を作りマイナス水素となる。これを電場によって引き出すことでマイナス水素が作られるのである。
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by mihoko_nojiri | 2010-11-04 12:05

physics at LHC
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