油断するなここは戦場だ

カテゴリ:物理( 23 )




壊れる、、、壊れない、、、

ブログの反響をみているなかに、「ミューオン壊れるってどういうこと、なくなっちゃうの」 というのがあった。
(こういうのを at つけて飛ばしていただけるとうれしいのだけど)

19世紀というのは「化学の世紀」でその中で培われた概念の一つが、「物質は保存する」「エネルギーは保存している」、というものなんだと思う。日本人は高校で、「祇園精舎の鐘の声」だの「行く川の流れは絶えずして」だの無情感をたたきこまれるけど、ミクロにみれば、「こわれちゃた、なくなっちゃった」からといて「それを構成している原子」がが消え去ったわけじゃない。単に配置が変わっただけだ。なにかが起こったあとで、量がかわらないことを僕らの業界では「保存する」という。

だからミューオンが見つかって、それが、崩壊して電子に変わった、しかもどうも運動量が保存してないっぽい、とわかった時には、みんな驚いた。ミューオンが宇宙線のなかから発見されたのは1936年のことだ。(中性子はこれ以前に発見されてるし、中性子の崩壊もしられてたけど分野の人は目をつぶっていてほしい。ほら、中性子は素粒子じゃないし。)

1935年に湯川秀樹が中間子論を発表していて、パイ中間子を予言していた。宇宙線の中にみつかった粒子の質量は、予言されていたパイ中間子の質量程度(陽子の質量の1/10) だったので、中間子に違いないと思ったが、よくよく見ると性質がおかしい。中間子論は「軽い中間子が陽子の間を飛び回って原子核を一つのまとまりにしている」という理論だけど、宇宙線の中の粒子はほとんど原子核と反応しないのだ。一方で宇宙線のなかからはすごい量が見つかるので、これは宇宙からとんでくる陽子が大気とかなり強く反応して作られたことは間違いない。見つかったものが、まるっきり期待はずれだったので、 Rabi っていう研究者が Who odered that?(「それ誰が注文したの?」)って言ったという話が残っている。(http://en.wikipedia.org/wiki/Carl_D._Anderson)

理論計算と実際に観測される結果が違うわけだけど、当時は素粒子反応を解析する理論(場の理論)はまだしっかりしていなかった。「場の理論」を使って素粒子反応を計算するといたるとこに発散がでて、どうしたらいいかわからない。湯川は素粒子が「点」じゃなくて「広がっている」ものであれば発散の問題は解決されるという「素領域」という理論を考えていて、宇宙線でみつかった粒子の問題も、場の理論の困難が解決されれば同時に解決されるのではないかと期待していた。(この理論はついに完成しなかった。)朝永は広がった粒子という立場はとらなかったが、やはり場の理論の問題に手がかりをもとめていた。一方で坂田は、「二中間子論」つまり湯川のパイ中間子が、宇宙線の中に入っているミューオンに壊れる理論を提案していた。これなら、湯川の理論で予想される相互作用と宇宙線の中に観測される粒子の性質の違いが説明できる。なんの話かよくわからないという人、陽子の衝突でむちゃ強いスーパーマンがつくられるんだけど、すぐに衣装を脱いで普通のおじさんに変わってしまうところを想像すればよろしい。二人の人は全く違う性質をもっているけど、服を脱いでも一人は一人だ。

この問題がようやく解決されたのは、1947年(?)に本当のパイ中間子が発見された時だ。坂田が正しかった。パイ中間子はミューオンとニュートリノに壊れる。ミューオンは電子と2つのニュートリノ(つまり3つの粒子)に壊れる。パイ中間子は陽子と強く相互作用するけど、ミューオンはほとんどしない。反応の前後で運動量は保存する。でも、簡単に観測できるのは、電荷をもつ粒子だけなので、ミューオンの崩壊をみると、ミューオンが突然電子に変わってエネルギーがなくなったようにみえる。

重い素粒子がより軽い素粒子に壊れるのは普通の現象だ。素粒子物理の研究では素粒子作ったあとで、その崩壊のパターンを調べることが多い。たとえば、KEK のB factory 実験では bottom quark という素粒子がどういう粒子に崩壊するか調べている。一方で、壊れない粒子=安定粒子(電子と陽電子、原子核の中に安定して存在する陽子や中性子など)については自然の中にはこれらを安定にしている仕組みがある。電子が壊れないのは、電子が電荷をもつ一番軽い粒子だからだ。素粒子の反応では電荷が反応の前後で保存するから、一番軽い電子はもう壊れる先がない。陽子の安定性はバリオン数という別の量の保存で理解できる。

それ以外の粒子は「崩壊」する。宇宙が始まったときにたくさん素粒子が熱的に作られたはずなんだけど、全部崩壊していなくなった、われわれは日常的な体験から粒子は安定なものばかりだと錯覚している。止まっているミューオンの寿命は 2.2x 10^-6秒。これは崩壊する素粒子の中では格段に寿命が長いほうなんだよ。

もう一つ安定な粒子のことを忘れていた。それは暗黒物質を作っている素粒子だ。これは宇宙ができたからいままで、ずっと宇宙に存在していると考えられるので、電子や陽子のように、安定な素粒子の仲間に数えられる。なんで安定なのか、その仕組みについては、実際にその存在を確認して、性質をあきらかにしないとわからない。いろいろなアイディアはあるんだけどね。
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by mihoko_nojiri | 2010-07-16 17:13 | 物理

タコのパウルと素粒子実験

ドイツの水族館のタコのパウル君が、WCサッカーの試合結果をぴたりとあてたというので、タコの予言者だの、タコ入りサラダだの、タコの知能は3歳児なみ(?)とか、いや、タコの卵の生存率が 4万分の1と考えると、パウル君のこれまでのタコ生のラッキー度は、占いをあてるより断然すごいのだ、、、、、だの、引っ張る引っ張る。

なぜこのタコがこんなに試合をあてるのか、「タコは予言者」じゃないなにか合理的な理由(視覚とかタコの癖とか)を探そうとするというのは、かくゆう私もいろいろ考えたんだけど、今日はそういう質問に意味があるか、ということを考えてみたい。

毎回の占いでタコが正しい貝を食べる確率は1/2としよう。ドイツ7試合を占えば 1/128 の確率で全部当てる事ができる。これは低い確率かというと、100匹タコがいて、それぞれが7回占えば一匹は予言者タコが生まれても不思議はないわけで、実はそんなに珍しいことではない。この珍らしさの程度を我々の業界では標準偏差σ (シグマ)という指標で表す。ラッキー度、異常度、なんでもいいけど、この指標ではパウル君のラッキー度は1/128 、 2σよりは大きいけど、3σはない、という感じになる。3σというのは、3/1000 だの確率でしかおこらないようなことだ。で、タコを100匹あつめれば、一匹くらいは、予言者タコになれるという意味でこれは全然珍しいことじゃない。

素粒子の実験は量子力学で支配されていて、実験をするというのは、サイコロをふるようなものだ。粒子と粒子が衝突すると、未知の粒子が作られるかもしれない、けど、普通の粒子を作る普通の反応の方がたくさん起きる。だから、一生懸命サイコロを振る。。。。。素粒子の世界で「変な現象を発見した」というときにはだいたい理論値的な期待から5σくらい違ってないといけない、と決まっている。

5σ理論値とずれているというのは 0.00006 % の確率でしかおこらないような異常事態だ。タコのパウル君のこれまでの人生のラッキー度もはるかに凌駕している。一方で 3σは discovery では ない。(峠先生によると 4σを evidence という。)理論屋さんは 3σになるとかなり真剣にデータの意味について検討する。100%確立したとは言えないけど、もしかしたら本当かもしれないね、とみんなが思い出す基準のようなものだ。もっとたくさん実験をすると5σずれてくることもあれば、ふらふらと 2 σ以下に戻っていく時もある。最近は discovery でなくても 2.5 σ 3 σでプレスリリースをするようになったし、ネットでいろいろな話もきけるようになったから、3σレベルで非専門家の目に触れるようになってきた。でも大事な事は、300個違う測定をすると、一つぐらいは3σずれたことが起こるということだ。私の20年の研究職人生で 「3σあったけど、結局(略)でなんでもなかった実験」、っていうのは、ちょっとかぞえただけで(略)。タコのパウル君ももう寿命で引退ってことらしいけど、もっと占ったら余計に間違えたりして、結局1/2の確率に近づいていくかもしれない。

一つ前のナショナルジオグラフィックの記事 “神の粒子”は5種類あるという新証拠"
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100617001&expand

というのはまさしくこの3σの現象の一つをあつかっている。 アメリカのTevatronという加速器 の D0 実験でおこった変な現象だ。 B 中間子と反B中間子という粒子がつくられたときに、それそれ、粒子は反粒子、反粒子は粒子にと変わっていくんだけど、このに CP の破れという効果がはいって、ちょっとだけ粒子ができる方が反粒子ができるよりお得になる。このお得になった結果が、素粒子模型の予言と違う、という話だ。でもこのままではまだ本当に変なことが起こっているか確かなことは言えない(言ってはいけない)。本当におかしなことが起こってるというためにはもっと長期間実験をするなり、もっと効率よく粒子を作るなりして、ただのタコか明石のタコかを見極めないといけない。

こういう3σの在庫は KEK の実験でもいくつかあって、プレスリリースをするたびに僕らは結構神経質にそのことを説明するんだけど、伝わっているのかいつも心配なんだ。

追記 割り算まちがってて、 8回占うと 1/256 だったんだけど、それ直すと細かい数字全部なおさないといけないから、ドイツの試合のみ、ってことで。
追記2 峠先生から Evidence は 4sigma じゃいというおしかりを頂いたので、修正
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by mihoko_nojiri | 2010-07-13 00:09 | 物理

陽子の大きさが小さくなった、について。

昨日話題のナショナルジオグラフックの記事( http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100708001&expand ) について。

陽子のまわりに電子をまわすかわりにミューオンという電子と似た素粒子を回してみる。量子力学によって、ミューオンがとれる軌道は離散的な値で決まっていて、実験はその軌道で決まるエネルギーレベル間をミューオンが動いたときにでる光をはかった。で、この結果で「電磁気学を使った計算結果と違っていて、電子が回っているときとミューオンが回っているときで、陽子の大きさが違っている。これはすごい発見で電磁気学のほころびがみつかったかもしれない」、とこう読めるように、このナショナルジオグラフィックの記事には書いてある。

でも、Nature news http://bit.ly/aOnbGo だの,実験グループのプレスリリース(http://bit.ly/bhvfLP)だのをたどっていくと、だれも電磁気学に疑問を呈していないことがわかる。そもそも、これは結構難しい研究なんだ。陽子っていうのは素粒子じゃなくて、クオークがグルーオンでくっつけられた泥団子みたいなものだ。クオークは、閉じ込められて、陽子の中でぶんぶん回っている。クオーク自体は 2/3 とか-1/3 とかいう中途半端な電荷を持っている。その分布は第一原理で計算できるものじゃなくて、実験で決めないといけない。電子やミューオンはマイナスの電荷をもってて、陽子は全体として+の電荷をもっていて、太陽をのまわりを地球が回っているように電子は陽子のまわりをまわっている、それが水素原子。電子は素粒子で点とみなせるけど、陽子はぶよぶしている。

理論計算でこの「ぶよぶよしたところ」を取り込んで計算すると、ミューオン原子のレベルにぶよぶよ度の依存性がでるらしい。(〜でる。といってもいいけど、ハドロン物理の専門家じゃないから、遠慮しとく。)さっきもいったけど、クオークの出てくる部分の動きを決めてるのはグルーオンによる強い相互作用で、理論的に計算するには相互作用が強すぎて難しい。このすっきりしない理論計算に、 Nature の記事で報告されているミューオン原子(ミューオンが陽子のまわりをまわっている原子)のレベル差を代入して、陽子の大きさを計算するとある値が出る。この値は、電子を陽子にぶつけて計った陽子の大きさと4% 違っている。それで陽子の大きさ、というタイトルになるけど、理論計算の難しさをかんがえたら、このぷよぶよ部分の計算でどっか間違えていると思うのが、まあ普通の素粒子原子核物理の研究者が考えることだろう。実際先ほどの Nature news をみると

" In both hydrogen and muonic hydrogen spectroscopy, long, detailed QED calculations are required to produce a proton size from the experimental data. Pohl et al. have detailed more than 30 terms in the derivation of the equation linking their transition-energy measurement to the proton size. In calculations of this complexity, the possibility of error always exists with a magnitude that is hard to determine. "

つまり、計算も複雑だし、理論的な計算の誤差がどうもよくわかりません、みんな考えてください、というものに近い。

この論文のポイントは、電磁気が破綻しましたぁ(電磁気はおそらく素粒子物理ではもっとも精度よく検証されてる理論なんだけど。。。)とかじゃなくって、レーザ技術を工夫していままでは計れなかったミューオン原子のレベルをはかれるようにしましたということだろう。ミューオンって安定な素粒子じゃないから、陽子をなにかにあてて作ってあげないといけないし、それをさらに陽子の周りをまわるようにしてやって、さらにレーザーあてて、、、つまりそんなに簡単な実験じゃない。一方、理論研究者は計れそうもないものはそんなに真剣に研究しない。今回データもでてきたことだし、これからさらに検討して、落ちてる効果を見積もってくれる人もいるだろう。

この記事、というかナショナルジオグラフックのような一般誌の問題は、「すごい発見があったかもしれない」とにおわせないと読者が関心をもってくれない、という脅迫観念なんだろうと思う。実験の工夫や、理論の中で、どこがしっかりわかってる部分で、どこに問題がありそうかを説明するより、みんなの知ってる電磁気学が否定される、とか陽子の大きさが違っていた、という方がみんなの関心をあつめそうだね。ちゃんとした研究を紹介するとトンデモっぽくなっちゃうのが、困るなぁ。これどうした、って twitter で聞かれてあわててこんな文章書いてるわけだけど、元の記事よりおもしろいかな?


最後に togetter にリンクをはろう。 陽子の大きさが小さくなった! http://togetter.com/li/34432

追記 早野先生よりこの実験は15年失敗続きだったというポストがあった。実験はレーザーでミューオン原子を励起させてその励起状態から電子が落ちてくるときに出る光をみる。レーザーはエネルギーが決まっていて、見たいレベル差がその値とどんびしゃでないと効率よい遷移が起きない。この場合ミューオン原子のもともとの数が少ないので、効率よく叩き上げないと見えないのだと思う。実験屋さんにしてみると「理論計算が間違っていて苦労したんだよ」というのは強調したいポイントかも。
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by mihoko_nojiri | 2010-07-10 17:53 | 物理

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