油断するなここは戦場だ

陽子の大きさが小さくなった、について。

昨日話題のナショナルジオグラフックの記事( http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100708001&expand ) について。

陽子のまわりに電子をまわすかわりにミューオンという電子と似た素粒子を回してみる。量子力学によって、ミューオンがとれる軌道は離散的な値で決まっていて、実験はその軌道で決まるエネルギーレベル間をミューオンが動いたときにでる光をはかった。で、この結果で「電磁気学を使った計算結果と違っていて、電子が回っているときとミューオンが回っているときで、陽子の大きさが違っている。これはすごい発見で電磁気学のほころびがみつかったかもしれない」、とこう読めるように、このナショナルジオグラフィックの記事には書いてある。

でも、Nature news http://bit.ly/aOnbGo だの,実験グループのプレスリリース(http://bit.ly/bhvfLP)だのをたどっていくと、だれも電磁気学に疑問を呈していないことがわかる。そもそも、これは結構難しい研究なんだ。陽子っていうのは素粒子じゃなくて、クオークがグルーオンでくっつけられた泥団子みたいなものだ。クオークは、閉じ込められて、陽子の中でぶんぶん回っている。クオーク自体は 2/3 とか-1/3 とかいう中途半端な電荷を持っている。その分布は第一原理で計算できるものじゃなくて、実験で決めないといけない。電子やミューオンはマイナスの電荷をもってて、陽子は全体として+の電荷をもっていて、太陽をのまわりを地球が回っているように電子は陽子のまわりをまわっている、それが水素原子。電子は素粒子で点とみなせるけど、陽子はぶよぶしている。

理論計算でこの「ぶよぶよしたところ」を取り込んで計算すると、ミューオン原子のレベルにぶよぶよ度の依存性がでるらしい。(〜でる。といってもいいけど、ハドロン物理の専門家じゃないから、遠慮しとく。)さっきもいったけど、クオークの出てくる部分の動きを決めてるのはグルーオンによる強い相互作用で、理論的に計算するには相互作用が強すぎて難しい。このすっきりしない理論計算に、 Nature の記事で報告されているミューオン原子(ミューオンが陽子のまわりをまわっている原子)のレベル差を代入して、陽子の大きさを計算するとある値が出る。この値は、電子を陽子にぶつけて計った陽子の大きさと4% 違っている。それで陽子の大きさ、というタイトルになるけど、理論計算の難しさをかんがえたら、このぷよぶよ部分の計算でどっか間違えていると思うのが、まあ普通の素粒子原子核物理の研究者が考えることだろう。実際先ほどの Nature news をみると

" In both hydrogen and muonic hydrogen spectroscopy, long, detailed QED calculations are required to produce a proton size from the experimental data. Pohl et al. have detailed more than 30 terms in the derivation of the equation linking their transition-energy measurement to the proton size. In calculations of this complexity, the possibility of error always exists with a magnitude that is hard to determine. "

つまり、計算も複雑だし、理論的な計算の誤差がどうもよくわかりません、みんな考えてください、というものに近い。

この論文のポイントは、電磁気が破綻しましたぁ(電磁気はおそらく素粒子物理ではもっとも精度よく検証されてる理論なんだけど。。。)とかじゃなくって、レーザ技術を工夫していままでは計れなかったミューオン原子のレベルをはかれるようにしましたということだろう。ミューオンって安定な素粒子じゃないから、陽子をなにかにあてて作ってあげないといけないし、それをさらに陽子の周りをまわるようにしてやって、さらにレーザーあてて、、、つまりそんなに簡単な実験じゃない。一方、理論研究者は計れそうもないものはそんなに真剣に研究しない。今回データもでてきたことだし、これからさらに検討して、落ちてる効果を見積もってくれる人もいるだろう。

この記事、というかナショナルジオグラフックのような一般誌の問題は、「すごい発見があったかもしれない」とにおわせないと読者が関心をもってくれない、という脅迫観念なんだろうと思う。実験の工夫や、理論の中で、どこがしっかりわかってる部分で、どこに問題がありそうかを説明するより、みんなの知ってる電磁気学が否定される、とか陽子の大きさが違っていた、という方がみんなの関心をあつめそうだね。ちゃんとした研究を紹介するとトンデモっぽくなっちゃうのが、困るなぁ。これどうした、って twitter で聞かれてあわててこんな文章書いてるわけだけど、元の記事よりおもしろいかな?


最後に togetter にリンクをはろう。 陽子の大きさが小さくなった! http://togetter.com/li/34432

追記 早野先生よりこの実験は15年失敗続きだったというポストがあった。実験はレーザーでミューオン原子を励起させてその励起状態から電子が落ちてくるときに出る光をみる。レーザーはエネルギーが決まっていて、見たいレベル差がその値とどんびしゃでないと効率よい遷移が起きない。この場合ミューオン原子のもともとの数が少ないので、効率よく叩き上げないと見えないのだと思う。実験屋さんにしてみると「理論計算が間違っていて苦労したんだよ」というのは強調したいポイントかも。
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by mihoko_nojiri | 2010-07-10 17:53 | 物理

physics at LHC
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